マリユスはダメ男か?①

 『レ・ミゼラブル』を読んでいて、ひそかに思ったことがあります。それは何かというと、

 マリユスって、おらみてえだ。(爆)

 マリユスは登場人物の中でも最も重要な一人で、ジャン・ヴァルジャンから「愛娘」のコゼットを託されるほどの青年なのですが、なぜかレミゼファンには評判が悪い。
 特に女性からは、女心に鈍感な無神経男と叩かれまくり、過激女子からは「女の敵」呼ばわりまでされる始末です。
 まあ、彼を慕うエポニーヌへの言動とかを見れば、こいつ悪気はないんだろうけど、そんな風に思われても仕方ないよな、とは思います。また「なんでエポニーヌはこんな奴に惚れちゃったのよ、アンジョ様の方が断然素敵なのに!」と言われたりもします。でもアンジョルラスの恋人は「パトリア(祖国)」なので、それは無理というものです。聞いた話では、レミゼの男の登場人物(子供を除く)で、最後まで童貞だったのは、ジャヴェールとアンジョルラスだけだそうです。ということは、あれ?ジャン・ヴァルジャンはいつの間に?

 いきなり話がそれるところでしたが、気の毒なことに、マリユスは男性からも評価されません。金持ちの子弟なのに革命家気取りで、そのくせ肝心な時に女にうつつを抜かすヘタレ野郎だからです。そのうえ仲間がみんな死んでしまい自分だけ生き残るという重い現実に、少しは悩みますが、コゼットと結婚できることになったらすぐ立ち直って舞い上がっちゃうんだもの。もうね、男として軽すぎます。少なくとも、舞台や映画のマリユスは、そんな奴です。


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映画『レ・ミゼラブル』から、マリユス(右上)と「ABCの友」


 しかしですね、本当はマリユスは凄くいい奴なんです(笑)
 舞台や映画では、彼は初めから革命運動の闘士として現れますが、実際は成り行きで参加したようなものです。バリケードに入ったのも、コゼットに振られて(と思って)落ち込んでいたところを、どこかの若い男(実は男装エポニーヌ)の声に誘導されたからなんです。それも行くべきか、行かざるべきかと、ウジウジ迷いながらなので、戦場への道は遠く、到着するまでにユーゴー先生は、たっぷり3章分を費やしているほどです。

 余談ですが、この点では「舗石の子」ガヴローシュの方が、年少ながらはるかにタフな精神を備えています。マリユスとは対照的に、彼は何のためらいもなく、待ってましたとばかりに暴動に加わります。理屈ではなく、皆が「食える」ようになるためだと。そこには何の混じり気もありません。鹿島茂氏も書いておられるように、「《ABCの友》などよりもよほど革命というものがわかっている」のです。

 暴動が始まった時のマリユスは、映画では馬に乗って旗を振ったりして、とてもかっこいいのですが、ホントはプリューメ街のあたりを一人でウロウロしていただけです。
 火薬樽に火を着けるぞと敵を脅して撃退したのも、、どうせ僕はここで死ぬんだい!という、ヤケクソで衝動的で、味方にとっても危険な迷惑行為だったのです。結果的に一躍バリケードの英雄になってしまいましたけど。
 

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「マリユス闇の中に入る」


それはコラント亭の防寨(ぼうさい)の中に燃えている炬火(たいまつ)の反映だった。マリユスはその赤い光の方へ進んでいった。 (本編より)


 さて、エポニーヌが死に際に、隠していたコゼットの手紙をマリユスに渡すのは、あの世でマリユスに怒られたくないという気持ちからでした。ヤサグレてはいても、エポニーヌは17歳の純情な少女でした。
 マリユスは彼女の願い通り、死に顔の額にキスします。「それはコゼットに不実な行ないではなかった。不幸なる魂に対する心からのやさしい別れだった」とユーゴー先生も書いています。
 そこまではいいのですが、コゼットの手紙を読んだとたん、マリユスはコゼットに会いたい、死ぬつもりでバリケードに来たけど、死ななくてもよかったんだ!と思い直します。自分の身代わりになって死んだエポニーヌのことなど、すっかり忘れてしまったみたいです。 

 あれ?ちっともいい奴じゃないですね(汗)

 ところで、マリユスが女性から非難される理由のひとつに、彼がエポニーヌにコゼットへ手紙を渡すよう頼むから、というのがあるようです。恋敵の女へ手紙を届けさせるなんて、何て酷いことを!このボケが!という訳です。
 でも、これは舞台版で改変された話で、原作ではマリユスはそんなことはしていません。マリユスは、エポニーヌの最期の言葉からガヴローシュが彼女の弟であることを知り、エポニーヌの弟まで死なせてはならないと思いました。そこでガヴローシュにコゼットへの手紙を持たせて、バリケードの外へ出したのです。結構いいとこあるんです。
 映画では原作通りの展開になっていましたから、舞台を見慣れたアンチマリユスの皆さんは、ちょっと拍子抜けされたかも知れません(笑)

 マリユスは瀕死のエポニーヌからコゼットの手紙を受け取ると(順序が後先バラバラですみません)、すぐに読んでみたくてたまらなくなりました。「人の心とはそういうもんだ」と、ユーゴー先生も言っておられます。
 エポニーヌが息絶えると、マリユスは彼女の体を静かに横たえて立ち去ります。なぜなら、エポニーヌの前でコゼットの手紙を読んではいけないという気がしたからです。ここ、大事だと思います。
 舞台だとアンジョルラスが「最初の犠牲者だ!」と叫び、映画では仲間がエポニーヌの遺体をバリケードの中へ運びます。残念ながら、マリユスの心の動きまでは伝わりません。


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マリユスとエポニーヌの出会い


 『レ・ミゼラブル』の登場人物は濃いめのキャラばかりですが、その中でマリユスは少々異質な存在です。不撓不屈の超人ジャン・ヴァルジャン、法を絶対の正義とするジャヴェール、悲運の女性ファンティーヌ、めげない悪党テナルディエ、革命の申し子アンジョルラスなど、他の主要人物が「外向き」に分かりやすく描かれるのに対して、マリユスはすこぶる内省的です。ひたむきではあるが、どこか屈折しています。つまり、面白くない。友達の少ないタイプです。
 そんな奴だからミュージカルではイマイチとらえどころのない役となって、謂われなき中傷まで浴びることになってしまったのでしょう。不憫なマリユスくんです。
 
 マリユスは苦労知らずのボンボンではありません。王党派の祖父ジルノルマンの家を飛び出した後、困窮の中で苦学して弁護士資格を取った努力家です。見かけによらずホネがあります。しかし孤立志向で、アンジョルラスのグループと交わりながらも、進んで革命に命を捧げるほどの思想的な基盤はできていません。正直言って、この世でコゼットより大切なものは、彼にはありません。
 現実に起こった「暴動」を前に、彼は戸惑い、恐怖を感じます。友や亡き父への責任感からバリケードに入ったものの、極端な話、コゼットがいないのなら革命なんかどうでもよかったのです(たぶん)。
 でも、それでマリユスを責めることは、夢酒にはできません。マリユスの揺れる心はよく分かるからです。


 ~続く(であろう)~
 

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