夢酒夜話(六)~母の時計~

 昨日、『時計屋の娘』というテレビドラマをやっていました。特に見たいと思った訳ではないのですが、なんとなく見ているうちに引き込まれてしまいました。

 秋山守一(國村隼)は地方の町で時計の修理屋を営んでいる。一人暮らしで、腕は良いが人付き合いは苦手。イマイチ冴えない初老のオッサンである。
 修理の依頼が減少し、自分の視力も衰えてきたことから、秋山はそろそろこの店を閉じようかと思っている。

 ある日、若い女(沢尻エリカ)が古い腕時計を修理して欲しいと、秋山の店を訪れた。
 母の形見だというその時計に、秋山は見覚えがあった。それは昔、秋山が恋人に贈ったものだったからである。
 娘から聞いた母親の名前は国木(旧姓)知花子。やはり間違いない。そして娘は宮原リョウと名乗った。知花子は石巻で美容院を営んでいたが、2年前に東日本大震災で津波の犠牲になったという。

 秋山の心がザワつき始める。
 25年前、都内のデパートで、若い日の秋山(中村勘九郎)は時計職人、知花子(木村文乃)は美容師として働いていた。二人は愛し合い、幸せな日々を過ごしたが、秋山の一度の過ちで知花子は去っていった。
 知花子は俺と別れた後も、ずっとこの時計を大事に持っていたのか。どんな思いだったのだろうか。
 そして今、彼女の子だという娘が俺を訪ねて来た。何のために?
 痛恨にも似た思いが秋山を襲う。

 リョウの眼差しは、明らかに秋山を本当の父親だと思っている。
 秋山は即座に否定したが、心の奥底ではそのように断定しきれない自分がいる。

 やがて秋山とリョウの奇妙な同居生活が始まり、静かな暮らしを望んでいた秋山は、否応なくリョウに振り回されることになる。


 う~ん。あり得るようなあり得ないような。でも団塊世代挫折組の夢酒には、悶絶もののシチュエーションです。
 かつて愛し合い、別れ、いつしか忘れてしまった女が、その後どこでどのように生きてきたのか。あの時別れていなければ、俺たちの人生はどんな風に変わっていただろうか。
 カミさんの手前言っときますが、夢酒にはそのような経験は、断じてありません。でも、過去を振り返って、そんな思いにかられるのはよう分かる。まして愛した女性の娘が、いきなり自分の贈った時計を持って現れた日には・・・。
 ドラマの批評で「おじいさんの白昼夢」と書いた人がいました。「おじいさん」は失礼だが、まさに言い得て妙です。

 國村さんの演技力はさすがでした。注目のエリカ様、とてもナチュラルでいい感じじゃないですか。ほうれい線が目立ったのはちょっとアレでしたけど。
 


 さて、実は、ドラマの感想を書くのが本日の目的ではありません。夢酒はこのストーリーに、世代は違えど、ある女性の人生を重ねてしまったのです。
 
 昨年の暮れに父が亡くなり、それまで二人でいた施設から母親を引き取って、再び一緒に暮らすようになりました。すでに母は認知症が進行していました。
 わが家に戻って間もないある日、母はどこからか古い腕時計を引っ張り出して、「ねえ、これ、動くようにならない?」と言うのです。
 見たことのない男物の時計でした。今の時計より何回りも小さく、もちろん手巻き。バンドは粗末な布製です。ドラマのような高級品でもヴィンテージものでもありませんし、錆びついたネジを無理に巻こうものならバラバラになりそうな代物です。

 その頃、まだ少しは頭がはっきりしていた母が言うには、それは若い頃にただ一度恋をした男性から貰ったものだということでした。
 戦争末期、母は勤労奉仕で実家近くの飛行場に勤めていたことがありました。まだ女学生で、もちろんオヤジと結婚する前のことです。その時飛行場に赴任していた大学出たての士官候補生に、ほのかな恋心を抱きました。彼の方も母に好意を寄せていたようです。
 しかし戦局の悪化で、彼は別の任地へ赴くことになりました。別れの日、彼は自分の腕にはめていた時計を母にくれたというのです。

 その人の話は、夢酒が中学生か高校生の頃、母からよく聞かされました。母にとっては秘めておくべきではあるけれども、分別のつく年頃になった息子には、一度きりのロマンスをどうしても話したかったのでしょう。
 「キスどころか、手も握れなかったのよ」と語る母は、まるで乙女に返ったようでした。しかし、時計のことは一度も聞いたことがありません。
 父と見合い結婚したとき、母はその時計を隠すようにして持ってきたのでしょうか。そして、辛いときや悲しいときにはこっそり取り出して、その人との思い出に浸っていたのかも知れません。

 父が亡くなって、母は初めてその時計を夢酒とカミさんに見せました。持ち主だった人は、もう生きてはいないと思います。
 ドラマを見たあと、もう一度その時計のことを聞きたいと思いましたが、残念ながら母の認知症は、はるかに進んでしまいました。すべては母の記憶の彼方です。
 
 

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